本州初!石川県羽咋市でトキの放鳥 「絶滅危惧種 トキがあたりまえにいる町に」

みなさんは「トキ」という鳥を見たことがありますか?
名前は聞いたことがあっても、実際にその姿を目にしたことがある方はほとんどいないのではないでしょうか。

それもそのはず。トキは、江戸時代ごろまで日本各地に生息していましたが、乱獲や自然環境の悪化によりみるみる減少。日本産のトキは2003年を最後に絶滅を迎えました。



白い身体に細長く曲がったくちばし、薄桃色の翼を広げて雄大に空を舞うトキ。
ニッポニアニッポンという学名をもち、奈良時代の書物には、「ツキ」「ツク」、『日本書紀』や『万葉集』のころには、「桃花島」と漢字で記されるなど、古くから日本人に親しまれてきた鳥です。

美しいトキの姿をもう一度目にしたいと、新潟県の佐渡島では、2008年より人工繁殖したトキを野生に戻す「放鳥(ほうちょう)」が行われています。その結果、2024年時点で佐渡島内には500羽以上のトキが生息しており、見事な成果をあげています。

そんなトキの野生復帰に向けた動きが起こるなか、今注目を集めているのが、石川県の羽咋(はくい)市。本州初となるトキの放鳥場所に選出され、来たる2026年5月31日、トキの放鳥が行われるのです。
能登の復興シンボルとしても期待が高まるこの取り組み。放鳥本番2ヶ月前となる3月末、担当者である羽咋市・トキ共生室の井戸さんに、その取り組みや思いを伺いました。


 

1. 広大な水田、佐渡島に似た地形、100歳超えのスーパーバイザー……"本州初" 石川県羽咋市が放鳥場所に選ばれたワケ

そもそも、トキの放鳥とは?

なごみ

こんにちは、地域魅力発見アンバサダーのなごみと申します。
はじめに、トキの「放鳥」とは、そもそもどのような取り組みなのでしょうか?

なごみちゃん、よろしくお願いします!
トキの放鳥は、人工繁殖されたトキを野生に放ち、自力で生息・繁殖させる取り組みです。

井戸さん
なごみ

どのような方法で行われるのでしょうか?

放鳥の方法は、ハードリリースとソフトリリースの2種類あります。ハードリリースは、放鳥場所に連れてきたトキを木箱からすぐに開け放つ方法、一方ソフトリリースは、放鳥場所でトキを2週間ほどケージに入れて、周囲の環境に慣らしてから放つ方法です。
第1回目となる羽咋市の放鳥では、ハードリリースとソフトリリース、2つの方法を併用し、15~20羽ほどのトキを放鳥する予定です。

井戸さん
なごみ

一度は絶滅してしまった生き物を野生に帰すのは、並大抵のことではないと思います。

自然環境の整備や住民への周知、観光客へのマナー喚起など……たくさんの課題をクリアする必要があるんです。
国と県が主体となって進められるトキの放鳥プロジェクト。新潟県佐渡市での放鳥を経て、佐渡島内で見事復活を遂げたトキでしたが、いまだ本州では絶滅したまま。本州全域でのトキの野生復帰が進められるなか、名乗りをあげたのが石川県でした。

井戸さん
なごみ

本州初となる一大チャレンジですね……。

もともと、石川県は本州最後のトキの生息地ですし、これまでも生物多様性や里山里海の保全シンボルとして、トキにかんするさまざまな取組みをしてきました。

井戸さん

羽咋市が本州初の放鳥場所に選ばれたワケ

なごみ

そんななか、羽咋市(はくいし)が放鳥場所に選ばれた理由はなんだったのでしょうか?



本州のほぼ中央、能登半島の付け根部分に位置する羽咋市。「能登の玄関口」と呼ばれる自然豊かな町です。


海岸線には、日本で唯一、波打ち際を車で走れる「千里浜なぎさドライブウェイ」が。

地域の人たちによって守られてきた豊かな自然や、広大な面積を誇る水田など、理由は複数あると思いますが、1つポイントとなったのが、地形だと思います。

井戸さん
なごみ

地形、ですか!?

本州初となるトキの放鳥を行うにあたって、基準となったのが佐渡島での放鳥。佐渡島は新潟県にある日本海最大の離島で、大佐渡・小佐渡という2つの山地が、中央の平野を挟んだ地形をしています。
この両サイドに山、あいだに平野が広がる地形に偶然にも似ていたのが、石川県羽咋市の南潟(みなみかた)という地域でした。実際私も佐渡島を訪れましたが、南潟の雰囲気とよく似ていて。この地形が、トキの住みやすい土地として評価されたのではないかと思います。

井戸さん
なごみ

佐渡市と羽咋市、ふたつの地に共通点があったんですね。

それに羽咋市で最後にトキが発見されたのも、南潟のあたりなんです。両サイドにある山の片方、眉丈山(びじょうざん)で野生のトキが見られていました。それもあって、今度トキが放鳥されたらこのあたりに定着するのではないかと言われていますね。

井戸さん
なごみ

そうだったんですね。

くわえて、羽咋市には、村本義雄さんという100歳を超える、石川県のトキスーパーバイザーがいらっしゃるんです。

井戸さん
なごみ

トキのスーパーバイザー?

村本さんはトキ保護の第一人者とされる方で、トキの生体調査や、日本にトキを連れてくるべく中国へ何度も足を運ぶなど、トキの野生復帰に向けて長年尽力されてきました。今回の羽咋市での放鳥も大変喜んでくださっています。

井戸さん
なごみ

まさにレジェンド……!たくさんの方の思いがつまったプロジェクトなんですね。

ところでなごみちゃん、トキの好物ってなんだと思いますか?

井戸さん
なごみ

……昆虫とか、木の実とかでしょうか?

トキって実は肉食なんです。湿地や水田に住むドジョウ、カエル、タニシ、ザリガニなどを食べるんですよ。

井戸さん
なごみ

あの細いくちばしで……!?

トキが定着するには、このエサとなる生き物が十分に生息している必要があります。放鳥場所の選定にあたっては、国や県から生き物の生態系に関する調査がありました。

井戸さん

石川県は国や県の調査に向けて、トキの餌場確保に向けた取組みを実施する「モデル地区」を各市町に作成。

各モデル地区で、トキのエサとなるドジョウやカエル、ザリガニなどの生き物の生息数を調査した結果、トキが生息できる餌の量や水田面積が十分であることがわかりました。

井戸さん
なごみ

さまざまな条件判断や調査を経て、見事羽咋市が選ばれたんですね。

ちなみに、トキの翼の裏側って、古くから「朱鷺色(ときいろ)」といわれるオレンジがかったピンク色をしているんですが、サワガニなどに含まれるカロテノイド色素によってあの色になっているそうですよ。

井戸さん
なごみ

へ~!トキの生態を知れば知るほど、興味が湧いてきました!

2. 行政・住民・観光客、みんなでつくる"トキの居場所"

放鳥に向けて、羽咋市が行う3つの準備

なごみ

放鳥に向けて、羽咋市ではどのような準備が進められているのでしょうか?

大きく3つあって、1つ目が「環境整備」ですね。このプロジェクトは放鳥すれば終わり、ではなくトキが野生に帰ることが目的なので、住み続けられる環境を整備しなければならないんです。

井戸さん
なごみ

一時的な取り組みでは意味がないですもんね。

特にエサの確保となると、田んぼを管理する農家さんの理解と協力が不可欠。現在は、農薬の使用5割削減を掲げていますが、草刈りなどの手間が増えることから、抵抗をもたれる農家さんも多く……。市では補助金などの制度を整備しながら、少しずつ取り組みを広げています。

井戸さん

補助金や呼びかけのかいあって、もともと行政で想定していた取組面積を達成。それでも羽咋市全体のほ場で見ると、数パーセントほどだという。

今後は、補助金がなくなったとしても、いかに継続いただけるかが課題となっています。
ほかにも、民間団体で取り組んでいただいているのが、ビオトープの整備です。

井戸さん
なごみ

ビオトープって?

ビオトープとは、野生の生き物たちが暮らす場所のこと。羽咋市では民間団体が中心となって、休眠している田んぼなどに水を張り、草を生やすことで、ドジョウやザリガニなどの生き物が暮らせる環境づくりを行っています。

井戸さん
なごみ

行政のみならず、羽咋市に住むたくさんの方が協力されているのですね。

そうなんです。続いて2つ目の取り組みは「観察マナーの周知」です。これは住民と観光客、両方に行っていきます。

井戸さん

こちらが、羽咋市内に設置されたトキの観察マナーを周知するための看板。その他にも市では、小学生向けに観察マナーを記したクリアファイルの配布や、全世帯へのチラシ配布などを行う。観光客に向けては、石川県と連携し、HPやSNSを通じて発信するという。

ほかにも、トキの気を引こうと手を叩いたり、フラッシュを使用した写真撮影も禁止です。

井戸さん
なごみ

すべてはトキが安心して棲み続けられるようにするため。マナーを心がけて、こっそり観察したいですね。

そして3つ目は、2026年5月31日の放鳥当日に行われる放鳥式典の準備です。国と県と市が連携し、トキが無事に大空を羽ばたけるよう、準備を進めています。

井戸さん
なごみ

式典および放鳥は、もうすぐ。ドキドキしますね!

3. カラスやスズメと同じように。トキがあたりまえにいる光景を目指して

トキを守ることは、羽咋市の自然環境を守ること

なごみ

いよいよ、放鳥本番を迎えます。井戸さんの思いをお聞かせください。

能登にとっては、復興のシンボルでもありますので、全国から人が訪れるきっかけになればいいなと思います。そして、地元の方や子どもたちには、大空に羽ばたくトキの姿を見て、少しでも力を与えられたら。そんなふうに、みなさんのなにかのきっかけになると嬉しいですね。

井戸さん
なごみ

トキの放鳥を通じて、羽咋市のことももっと知ってほしいですね。

そうですね。放鳥場所に選ばれたということは、それだけ環境がいいという証でもあるので、そこはPRしていきたいですね。

井戸さん

羽咋市を含む能登地域の4市5町は、2011年に日本で初めて世界農業遺産に認定された。

しかし、観光という面では課題もあって……。もちろんたくさんの方には来ていただきたいのですが、トキってとても臆病な生き物なんです。人が集まりすぎたり、騒いだりすると怖がって逃げてしまう。そこのバランスは非常に難しいのですが、人も生き物も心地よく過ごせるように、観察マナーの徹底をしていきたいですね。

井戸さん
なごみ

今後、羽咋市にトキが定着すると、街の風景や暮らしはどのように変わると思いますか?

佐渡島でもそうでしたが、絶滅したトキが再び定着するには、やはり10年、15年はかかるんです。我々もまさに今がスタート地点。これから長く取り組みを続けていくわけですが、佐渡島の方に話を聞いて思ったのは、"あたりまえ"を目指すべきだと。

井戸さん
なごみ

あたりまえ、ですか?

佐渡島では、子どもたちが田んぼ沿いの通学路を歩いていると、すぐそこに普通にトキがいるんです。でも、子どもたちはトキの方を見向きもしないそうなんですよ。なぜなら、トキは、カラスやスズメと同じように、あたりまえの存在だから。
トキを見かけても、大声をあげたり、シャッターを切ったりしない、それこそが本当に定着した姿なんですよね。羽咋市でも数十年後、同じような光景が広がればいいなと思っています。

井戸さん
なごみ

トキがあたりまえに空を舞う光景、きっと美しいでしょうね。
最後にトキの放鳥を通して、次の世代に伝えたいことを教えてください。

トキを守るということは、エサとなる生き物を守らなければいけないし、住処となる森を大切にしないといけない。それはつまり、自然環境そのものを守ることにつながっているんです。羽咋市に住む人やここを訪れる人たちが、トキの取り組みをきっかけに自然や生き物たちを慈しみ、大切に思うことで、羽咋市の雄大な自然を後世に守り継いでほしいなと思います。
また、今回のプロジェクトでは、エサ場となる水田の整備や農薬を減らした農法など農家さんの力をたくさん借りています。それらの取り組みを通して、若い世代の方が農業について知ったり、興味をもったりしていただけると嬉しいなと思います。
トキがあたりまえに羽ばたく町を目指して尽力しますので、ぜひ羽咋市に遊びに来てくださいね。

井戸さん
なごみ

はい!今日は貴重なお話、ありがとうございました!