【2026年最新】世羅高原農場の見頃は?花で町をつくる世羅町の挑戦

なごみ

こんにちは。地域の魅力発見アンバサダーのなごみです。
今回は、広島県世羅町で「花のまち」をつくり続ける世羅高原農場の代表、吉宗誠也さんにお話を伺いました。よろしくお願いします!

株式会社世羅高原農場の吉宗です。よろしくお願いします!

吉宗さん

広島県のほぼ中央に位置する、世羅町。
中国山地のなだらかな高原に広がるこの町は、いま「花のまち」として全国から多くの観光客を集めています。
春のチューリップ、初夏のバラ、夏のひまわり、そして秋のダリアやコスモス。
季節ごとに咲き誇る花々が、高原の広い大地を埋め尽くす光景は、まさに圧巻です。

そんな花のまちの中心が、世羅高原農場。
世羅高原農場は、現在複数の農園と連携しながら町全体で"花巡り"が楽しめる観光地として、多くの人を惹きつけています。

しかし、この花畑の風景は、ただ自然に生まれたものではありません。
自然条件、農業の歴史、観光農園としての試行錯誤、そして地域を巻き込んだ挑戦が重なり合うことで、現在の世羅高原農場が形づくられてきました。

今回お話を伺ったのは、株式会社世羅高原農場 代表取締役 吉宗誠也さん。

世羅高原農場は、どのようにして花の観光農園へと成長したのか。
そして、なぜこの町では、花が観光の大きな力になっているのか。

この記事では、世羅高原農場への取材をもとに、"花のまち・世羅"の魅力を以下のポイントから紐解いていきます。

・世羅高原農場の見頃と楽しみ方
・花が美しく咲く世羅町の自然条件
・たばこ畑から観光農園へと転換した背景
・花で町をつくるという挑戦と、これからの世羅町の姿

について、吉宗さんの言葉とともに紹介していきます。
 

1. 世羅高原農場とは?まずは見頃と花巡りガイド

広島県のほぼ中央に位置する世羅町は、標高およそ500メートルの高原地帯に広がる農業の町です。
この地域は、ひとつの大きな観光農園ではなく、複数の農園が点在するエリア型の観光地。
世羅高原農場を中心に複数の観光農園が花畑を公開し、春・初夏・夏・秋と季節ごとに主役の花が移り変わります。

なごみ

世羅町にはいくつもの花の農園がありますよね?

そうですね。世羅高原農場のほかにも、花夢の里や世羅高原花の森、せらふじ園があって、季節ごとにそれぞれ違う花を楽しめます。

吉宗さん
なごみ

1つの農園だけじゃなくて、いくつか巡れるんですね。

はい。春から秋にかけて、どこかで必ず見頃の花があるようにしています。

吉宗さん


それぞれの農園が異なる花を育て、見頃の時期をずらしながら、地域全体で"花のリレー"をつくる。
この仕組みによって生まれているのが、「花巡り」という楽しみ方です。

なごみ

現在(2026年4月時点)、世羅町では世羅高原農場と花夢の里の農園が開園しています。
他農園もそれぞれ見られる花や見頃が異なるため、事前にチェックしておくのがおすすめです!
※開花状況などの理由により、開園時期が変更になる場合があります

各農園情報(2026年版)

世羅高原農場

開園時期 ・さくら祭り:3/28(土)~4月上旬(咲き終わりまで)
・チューリップ祭:4/10(金)~5/6(水)
・ひまわりまつり:7/25(土)~8/23(日)
・ダリアとガーデンマム祭:9/12(土)~11/3(火祝)
料金
※3歳以下・ペット無料
【さくら祭り】
 大人(中学生以上):500円~1,000円 / 小人(4歳~小学生):200円~500円

【チューリップ・ひまわり・ダリアとガーデンマム祭】
 大人(中学生以上):700円~1,200円 / 小人(4歳~小学生):300円~600円
営業時間 9:00~17:00(最終入園 16:30)
※GW期間一部早期・延長開園あり
住所 広島県世羅郡世羅町別迫1124-11
アクセス
(各農園から)
花夢の里から 車で約25分 / そらの花畑 花の森から 車で約5分 / せらふじ園から 車で約10分

Flower Village 花夢の里

開園時期 ・芝桜とネモフィラの丘:3/28(土)~5/10(日)
・あじさいとタチアオイの丘:6/6(土)~7/5(日)
・コキアとコスモスの丘:8/22(土)~10/18(日) ※9/28・29・30(メンテナンスのため休園)
料金
※3歳以下・ペット無料
【芝桜とネモフィラの丘】
 大人(中学生以上):700円~1,200円 / 小人(4歳~小学生):300円~600円

【あじさいとタチアオイ・コキアとコスモスの丘】
 大人(中学生以上):500円~1,000円 / 小人(4歳~小学生):200円~500円
営業時間 9:00~17:00(最終入園 16:30)
※GW期間一部早期・延長開園あり
住所 広島県世羅郡世羅町上津田3-3
アクセス
(各農園から)
世羅高原農場から 車で約25分 / そらの花畑 花の森から 車で約25分 / せらふじ園から 車で約15分

そらの花畑 世羅高原 花の森

開園時期 ・ローズ&フラワーガーデン〈初夏〉:5/16(土)~6/28(日)
・ローズ&フラワーガーデン〈秋〉:9/26(土)~11/8(日) ※10/7・21・27・28・29・30(メンテナンスのため休園)
・世羅高原キャンドルナイト:10/31(土)~12/20(日)の金・土・日・祝のみ
料金
※3歳以下・ペット無料
【ローズ&フラワーガーデン〈初夏〉】
 大人(中学生以上):700円~1,200円 / 小人(4歳~小学生):300円~600円

【ローズ&フラワーガーデン〈秋〉】
 大人(中学生以上):500円~1,000円 / 小人(4歳~小学生):200円~500円

【世羅キャンドルナイト】
 大人(中学生以上):1,200円 / 小人(4歳~小学生):600円
営業時間 9:00~17:00(最終入園 16:30)
住所 広島県世羅郡世羅町戸張空口1405番
アクセス
(各農園から)
世羅高原農場から 車で約5分 / 花夢の里から 車で約25分 / せらふじ園から 車で約10分

せらふじ園

開園時期 ふじとルピナスまつり:4/25(土)~5/31(日)
料金
※3歳以下・ペット無料
大人(中学生以上):700円~1,200円 / 小人(4歳~小学生):300円~600円
営業時間 9:00~17:00(最終入園 16:30)
住所 広島県世羅郡世羅町安田478-82
アクセス
(各農園から)
世羅高原農場から 車で約10分 / 花夢の里から 車で約15分 / そらの花畑 花の森から 車で約10分

どの農場も車で30分以内の距離にあってとても便利ですが、Flower Village 花夢の里は他の農園と比べ少し離れているので、そこから花巡りをスタートするのがおすすめです!

春には、さくら祭りにはじまり、チューリップ、芝桜、ネモフィラ、藤といった花々が次々と見頃を迎え、初夏にはバラ、夏にはひまわりが高原を彩り、 そして秋にはダリアやコスモス、コキアなどが広大な花畑を埋め尽くします。

こうして年間を通じて花の見頃をつなぐことで、「いつ来ても楽しめる場所」としての価値を生み出しています。

なごみ

初めて行くなら、やっぱり春がいいですか?

そうですね。春は特に人気の季節で、4月の上中旬からゴールデンウィーク明けくらいが、一番にぎわう時期です。

吉宗さん


GW期間中に開催されるイベントは、下記の3つです。
・世羅高原農場:チューリップ祭り
・Flower Village 花夢の里:芝桜とネモフィラの丘
・せらふじ園:ふじとルピナスまつり

その中でも春の世羅を代表するイベントが「チューリップ祭」。
色とりどりのチューリップが広い畑一面に咲き誇ります。
さらに、芝桜やネモフィラ、ふじ、ルピナスと、周辺農園でも見頃が重なるため、 複数の花畑を一度に楽しめる"最も華やかなシーズン"でもあります。

それぞれの農園で違う花が咲くので、花巡りをしながら楽しんでいただけると思います。

吉宗さん
なごみ

この時期全体でどのくらいの人が訪れるんですか?

シーズン中はおよそ7万人の方にご来場いただきました。

吉宗さん
なごみ

そんなに人が来るんですね…!

ゴールデンウィークは特に多いですね。1日で1万8千人以上来場された日もありました。

吉宗さん


来場者は広島県内だけでなく、四国や関西圏など、県外から訪れる人も少なくありません。
また、花の種類によって来場者の雰囲気が変わるのも世羅町の特徴です。
たとえばチューリップは老若男女に人気があり、
ひまわりはカップルやファミリーなどの若い世代、
ふじはかつて団体旅行やシニア層の来園が多い農園でしたが、世羅高原農場グループに加わってからは相互誘客が進み、若い世代の来園者も増えてきました。

それぞれの農園が協力しながら、世羅町全体で花の観光地をつくってきたんです。

吉宗さん


圧倒的なスケールの花畑と、季節ごとに変わる花の景色。そして複数の農園を巡る楽しみ方。

世羅町の花観光は、こうした仕組みの中で少しずつ広がってきました。

そんな世羅高原農場の花の風景は、偶然生まれたものではありません。
世羅町の自然条件、農業の歴史、そして観光農園としての挑戦が重なり合うことで、現在の姿がつくられてきたのです。

2. なぜ世羅町ではGWにチューリップが見頃なのか?"ここにしかない花色"の理由

世羅町の花畑を訪れた人が、驚くことがあります。
それは、花の見頃です。

なごみ

世羅って、ゴールデンウィークでもチューリップが見頃なんですよね?

はい。そこは世羅の大きな特徴だと思います。

吉宗さん

春の花といえば、3月から4月にかけて見頃を迎える場所が多いもの。
しかし世羅町では、4月の中旬からゴールデンウィークにかけて、色とりどりの花が最盛期を迎えます。

なぜ、そんなことが起きるのでしょうか。

その理由のひとつが、この土地の自然条件にあります。
世羅町は標高およそ500mの高原地帯。
中国山地のなだらかな丘陵に広がるこの地域は、平野部に比べて気温が低く、昼夜の寒暖差が大きいのが特徴です。
この環境が、花の見頃に大きな影響を与えています。

なごみ

世羅町って、思っていたよりも高い場所にあるんですね。標高が高いことも、花に関係しているんですか?

大きく関係しています。寒暖差があるので、花が長く咲くんです。
それと、街よりも少し遅れて咲くという特徴があります。

吉宗さん


春の花は、気温が上がると一気に開花します。
一方で世羅町のような高原地帯では、気温の上昇がゆるやか。
昼夜の寒暖差もあるため花は一斉にではなく、時間をかけて咲いていきます。

その結果、開花の時期も都市部より少し遅れ、"見頃が後ろにずれる"という特徴があります。
このズレこそが、世羅町の観光農園を唯一無二の存在にしています。

平地ではゴールデンウィークの頃にはチューリップが終わっていることも多いんですよ。
でも、街ではもう終わっている花が、世羅ではちょうど見頃になるんです。

吉宗さん
なごみ

それは観光で来る人にとっても嬉しいですね。一番お出かけしやすい時期ですもんね。

そうなんです。「ゴールデンウィークまでチューリップが咲いているのはすごい」と言われることも多くて、それがチューリップ祭りを始めたきっかけにもなりました。

吉宗さん


ゴールデンウィークは、日本で最も人が動く大型連休です。
そのタイミングで花が満開になるという条件は、観光地にとって大きな強みになります。
世羅町の花観光は、こうした自然条件と観光のタイミングが重なったことで、少しずつ広がっていきました。

さらに、この地域にはもうひとつの特徴があります。
それは、広い農地が残っていることです。

なごみ

確かに、世羅の花畑ってすごく広いですよね。

お花の農園に限った話ではありませんが、まとまった広い農地がたくさんあるっていうのが平野部と違うところの一つです。
そんな農地が広く残っているので、大きな花畑をつくることができるんです。

吉宗さん
なごみ

世羅だからこそできる形なんですね。


世羅町はもともと農業の町として発展してきた地域です。
なだらかな丘陵地と広い農地が残っていることで、他の地域ではなかなか見られないような観光として成立するスケールの花畑を作ることができました。

お客様が一番動く時期に、満開のチューリップや芝桜をご覧いただけるのは、世羅地域の気候風土が観光を後押ししてくれてるっていうところにつながっているんですよね。
そういう意味では、少し奇跡的なエリアだと感じています。

吉宗さん


標高500mの広い土地、冷涼な気候、そして昼夜の寒暖差。
こうした条件が重なったことで、世羅町では他にはない花畑の景色が生まれました。

世羅町の花風景は、単なる観光施設ではなく、
この土地の自然そのものがつくり出した景色でもあるのです。

そして、この自然条件の上に、もうひとつの物語が重なっていきます。
それが、世羅高原農場のはじまりでもある
たばこ農業から観光農園への転換でした。

3. たばこ畑から観光農園へ──継承と転換

なごみ

今の世羅高原農場の形って、最初からこうだったわけではないんですよね?

はい。もともとは葉たばこの農園でした。父も途中からその農園に関わるようになったんです。

吉宗さん


現在、多くの人を魅了している世羅高原農場。
しかしその原点は、観光とはまったく異なる農業にありました。

もともとこの地域で盛んだったのは、葉たばこ栽培。
世羅町の広い農地では、長いあいだたばこ農業が地域の産業を支えてきました。
世羅高原農場もまた、もともとは葉たばこ農場でした。

なごみ

花ではなく、たばこを作っていたんですね。

はい。ただ、その頃から経営としては厳しい状況が続いていたようです。

吉宗さん


海外からの輸入による価格の低下や市場環境の変化により、葉たばこ農業は次第に厳しい状況になっていきました。

一時期は花を育てて出荷する切り花の事業もやってみたんですが、なかなかうまくいかなくて。それで、経営そのものを父に譲る形になったんです。

吉宗さん


そんな中で生まれたのが、「観光農園」という新しい方向でした。

花を生産して出荷するのではなく、花が咲く景色そのものを多くの人に見てもらう。
花を「生産物」ではなく「体験」として届けるという発想です。

なごみ

花を育てる農業から、花を見てもらう観光農園へ変わっていったんですね。

最初からうまくいったわけではないんですけど、少しずつ形になっていきました。

吉宗さん


こうして世羅高原農場は、少しずつ花の観光農園として歩み始めました。
しかしその歩みの途中で、吉宗さんの人生を大きく変える出来事が起こります。

吉宗さんが20歳のとき、父親が46歳という若さで亡くなったのです。
突然の出来事でした。
それまで家業を継ぐことを考えていなかった吉宗さんにとって、人生の大きな転機となりました。

観光農園という新しい挑戦は、まだ始まったばかり。
そしてこの頃、吉宗さん自身の気持ちにも、ある変化が芽生えていきます。

4. 故郷、世羅町の魅力を教えてくれたひとりのお客さんの言葉

世羅高原農場の歩みを語るうえで、もうひとつ大きな転機があります。
それは、吉宗さん自身の人生を変えた出来事でした。

なごみ

吉宗さんが、この仕事を本格的にやろうと思ったきっかけをぜひ聞かせてください!
やっぱり生まれ育った世羅町への思い入れが、原動力になっているんでしょうか?

実は、もともと地元がそんなに好きだったわけじゃなかったんですよ。

吉宗さん
なごみ

そうなんですか…!


もともと吉宗さんは、地元に強い思い入れを持っていたわけではありませんでした。
むしろ若い頃は、「いずれ外に出て働くだろう」と考えていたといいます。

しかし、ある出来事がその気持ちを大きく変えることになります。

当時、吉宗さんは大学生。
人手不足が原因で観光農園でアルバイトをしていた頃のことでした。
ある日、農園を訪れた一人のお客さんから声をかけられます。

メガネをかけたおばちゃんだったんですけど、「ここは本当にいいところですね」って、すごく世羅町のことを褒めてくださったんです。

吉宗さん


その言葉は、単なる感想ではありませんでした。

花畑の景色だけでなく、
この地域の自然の豊かさ、空気、水のおいしさ、そして人の温かさまで。
世羅町の魅力を、次々と言葉にしてくれたといいます。

道に迷ったときに、地元の農家の人が軽トラックで案内してくれたとか、そんなことまで話してくれて。

吉宗さん


自分にとっては当たり前だった風景を、外から来た人が宝物のように語ってくれた。
その瞬間、吉宗さんの中で何かが変わりました。

そのときに、電流が走ったような感覚がありました。「ああ、この町ってそんなにいいところなんだ」って。

吉宗さん


それまで特別に意識していなかった故郷が、その瞬間、まったく違う場所に見えたといいます。

なごみ

外から来た人に教えられたんですね。自分の町の良さを。

そうなんです。それで「この故郷で仕事をしていこう」と思うようになりました。

吉宗さん


花畑の景色、自然の豊かさ、人の温かさ。
世羅町には、すでに多くの魅力があります。

しかし、それは地域に暮らす人にとってあまりにも当たり前すぎるもので、外から訪れた人の言葉が、その価値を教えてくれたのです。
この出来事は、吉宗さんの原点になりました。
その後、農園の経営に関わるようになった吉宗さんは、単に花を育てる農業ではなく、この町の魅力を伝える観光農園を目指していくようになります。

5. 世羅高原農場が変えた経営の考え方

農園の経営に本格的に関わるようになった時、吉宗さんがまず向き合ったのは、「農園の価値とは何か」という問いでした。

なごみ

代表になられて、最初に取り組まれたことって何だったんですか?

最初にやったのは、"ものづくりだけでは成立しない"という考え方を、社内に浸透させることでした。
もともとは"いい花を作ればお客さんが来てくれる"という考え方だったんですけど、それだけでは続かないなと思ったんです。

吉宗さん

花をつくる「ものづくり」と、訪れた人が感動する「サービス」。
この2つを切り分けるのではなく、一体のものとして捉え直す。それが、最初の大きな改革でした。

花をきれいに咲かせるだけじゃなくて、お客さんが喜んでくれることを一番に考えるようにしました。
喜んでもらえたら売上も上がるし、そうすれば働いている人たちの生活も良くなる。そういう循環をちゃんと作っていこうと思ったんです。

吉宗さん


長年積み重ねてきた価値観を変えるのは大変だったと語る吉宗さんは、それでもイベントの企画や新しい取り組みなどを通じて、少しずつ変化を生み出していきます。
「変わらない景色」と「毎年の新しさ」。
その両方を大切にする現在のスタイルは、こうして形づくられていきました。

そして、吉宗さんが下したもうひとつの大きな決断。
それが、農園の名前を変えるという選択でした。

当時の農園は「旭鷹農園」という名前。
長く親しまれてきたその名前を手放し、地域の名を冠した「世羅高原農場」へと変える。
それは単なる名称変更ではなく、「地域の魅力を発信していく」という強い意思表示でもありました。
しかし、その決断は決してすんなりと受け入れられたわけではありません。

なごみ

社名を変えるとなると、働いている方々から寂しさの声もあったんじゃないですか?

もちろん反対もありました。当時はまだ27歳くらいで、いろいろなところを矢継ぎ早に変えていったので「若造が急に何をするんだ」という感じで。

吉宗さん


若くして経営を引き継ぎ、次々と改革を進めていく。その姿は、周囲にとって不安でもあり、戸惑いでもありました。
それでも吉宗さんは、立ち止まりませんでした。

でも、そこはちゃんと数字で示していくというか。結果で納得してもらうしかないと思っていました。

吉宗さん


感覚や理想だけではなく、数字と結果で信頼を積み重ねていく。
その積み重ねが、やがて組織を変え、農園を変え、そして今の世羅高原エリアの農園へとつながっていきます。

では、その"変化した農園"は、どのようにして人の心を動かす景色を生み出しているのでしょうか。

ただ「きれいな花畑」をつくるのではなく、訪れた人の記憶に残る"感動の風景"をつくるために。
そこには、細やかに積み上げられた設計の思想がありました。

6. 花畑×SNS映え 世羅高原農場がつくる"また来たくなる景色"とは

世羅高原農場を訪れる人の多くが口にする言葉があります。

「きれいだった」
「すごかった」
「また来たい」

広い丘陵地に広がる花畑は、確かに圧巻の景色です。
しかし、その風景はただ花を植えただけで生まれるものではありません。
そこには、来園者の体験を考え抜いた設計があります。

なごみ

世羅高原農場の花畑って、ただ花が咲いているだけじゃなくて、すごく印象に残る景色ですよね。

そう言っていただけると嬉しいですね。でも実は、花を植えるだけでは感動は生まれないと思っているんです。

吉宗さん
なごみ

どういうことですか?

きれいな花はどこでも咲きます。でも、お客さんが「また来たい」と思う景色をつくるには、体験まで考えないといけないんです。

吉宗さん


つまり世羅高原農場では、花畑は農業の成果物であると同時に、体験の舞台でもあるのです。
そのため、花の配置や景観だけでなく、歩く動線や視界の広がりまで細かく設計されています。

どこを歩いたら一番きれいに見えるか、どこで写真を撮りたくなるか、そういうことも考えながら作っています。

吉宗さん


その象徴のひとつが、「花絵」と呼ばれる花畑のデザインです。
広い畑に異なる色の花を植え分け、上から見ると一枚の絵のように見える景色をつくります。

なごみ

あの花絵って、どうやって考えているんですか?

最初のアイデアは僕が出すことが多いですが、そこからは各農園の担当者が形にしていきます。

吉宗さん


世羅高原農場では、農園ごとにスタッフが主体的に景観づくりに関わっています。
花の品種や配置、見せ方を工夫しながら、毎年少しずつ新しい景色を生み出していくのです。

また、世羅高原農場はSNSの活用でも早くから取り組んできました。

なごみ

SNSもかなり早くから始めていたんですよね。

そうですね。2011年くらいからFacebookを始めていました。

吉宗さん


当時から、写真を撮る来園者が多かったこともあり、SNSとの相性の良さを感じていたといいます。
その流れの中で生まれたのが、2013年に始まった「カメラ女子旅」という企画でした。

カメラが好きな女性の方に楽しんでもらえるように、見せ方などをかなり意識して企画を作って、SNSで発信してもらう取り組みでした。

吉宗さん


こうした取り組みは、民間では数少ない国の観光プロジェクトにも採択されるなど、世羅高原農場の知名度を広げるきっかけにもなりました。

花を育てる農業。
観光としての体験づくり。
そして情報発信。

これらを組み合わせることで、世羅高原農場は少しずつ「また訪れたくなる場所」を作り上げてきました。
そしてその背景には、もう一つの考え方があります。

世羅高原農場の企業理念。
それは「花はみんなをしあわせにする」という言葉です。

花を通じてお客様が感動してくれる。
その笑顔を見ることで、働く人もうれしくなる。
そして、町の人たち、世羅高原農場の周りの人もうれしくなる。
そんな循環が生まれる場所をつくることが、世羅高原農場の目指している農園なのです。

理想的な花の風景をつくる。その裏側には避けられない問題に向き合う難しさがあります。
その美しい景色は当たり前ではなく、農場の試行錯誤の先に生まれているものなのです。

7. 観光農園の裏側 感動を支える"見えない難しさ"と向き合う

美しく整えられた花畑。訪れる人の心を動かす風景。
その裏側には、決して表には見えない難しさがありました。

なごみ

観光農園って、普通の農業とも少し違いますよね。一番難しいと感じるのは、どんなところなんですか?

観光と農業、どちらも外的な要因に左右されやすいところですかね。

吉宗さん


天候ひとつで、花の開花は大きく変わります。
雨、気温、日照時間。
どれかひとつが崩れるだけで、見頃のタイミングは簡単に前後してしまいます。

一方で観光は、流行や社会情勢、人の動きに左右されます。
どれだけ準備をしても、「来てもらえるかどうか」は確実ではありません。

農業は天候に左右されますし、観光はトレンドや人の動きに左右されるので。その両方をやっているという意味では、常に不確実性と向き合っている感覚はありますね。

吉宗さん
なごみ

たしかに…どちらもコントロールしきれないものですね。


「つくること」と「来てもらうこと」そのどちらもが不安定な中で、気候風土を生かして新しいことに挑戦し続ける。
その結果、世羅町では「一つの花を見る場所」ではなく「花を巡る観光地」という形が生まれたのです。

さらに難しさは、花を育てるという農業そのものにもあります。

なごみ

花の種類を変えていくのには、農業的な理由もあるんですか?

ありますね。農業では、同じ作物を作り続けると「連作障害」という問題が出てくるんです。

吉宗さん


連作障害とは、同じ作物を同じ土地で育て続けることで土壌のバランスが崩れ、病原菌が常在し、病気が発生しやすくなる現象です。
世羅町でも、かつてこの問題に直面しました。

実は、葉たばこ農業がうまくいかなくなった理由のひとつも、この連作障害だったんです。

吉宗さん


同じ作物を作り続けることは、農業にとって大きなリスクになります。
そのため世羅高原農場では、花の種類をローテーションさせながら栽培を行っています。

違う花を植えていくことで、土壌のバランスを保つことができます。農業としても、その方が長く続けていけるんです。

吉宗さん


こうした考え方は、世羅高原農場以外にも生かされています。
花夢の里の芝桜も、吉宗さんに事業が渡る前は連作障害によって畑の状態が悪化し、集客も減少するという負の循環に陥ったことがあったといいます。

最終的に吉宗さんへ事業が譲渡され、農園の再生を進め、現在の花畑の景色が生まれました。

世羅町の花観光は、単なる景観づくりではありません。
農業として持続可能な形を模索する中で生まれた仕組みでもあるのです。

こうした農場の取り組みは、やがて地域全体にも広がっていきます。
世羅町の花観光は、次の段階へ進み続けています。

8. 花で町をつくる──世羅高原農場と世羅町のこれから

花観光の変化は、少しずつ、しかし確実に町の姿を変え始めていました。

なごみ

世羅高原農場って、今では町全体にも影響を与えている存在なんですね。

そうですね。初めは1つの農園だけでしたが、複数の農園をグループとして運営することになって、町づくりといったところにも影響を及ぼす業態になってきたのを感じるようになりました。

吉宗さん


はじまりは、経営を安定させるための工夫だった。
しかし春から秋までお客様に喜んでもらうために、それぞれの農園で完結するのではなく、4つの農園が連携することで、"花巡り"という新しい体験を生み出しました。

こうして生まれたのが、「花のまち・世羅」というイメージです。
かつては、"シーズンだけ賑わう場所"だった観光農園。
「一発屋」と評される時期もあったと言います。
それが今では、年間を通して人が訪れる場所へと変わりつつあります。

その変化は、単なる集客の安定ではありません。
地域そのものの価値を、少しずつ引き上げていくものでもありました。

最終的には、花の観光を地域の"花形産業"にしていきたいと思っています。

吉宗さん
なごみ

花形産業、ですか。

お客さんが世羅高原に来てよかったと感動してくれること。
あわせて、みんながちゃんと稼げて、地域の人が町に誇りを持って主体的にまちづくりに関わってくれるような産業ですね。

吉宗さん


花を見て感動してくれる人が集まる。周りの地域も潤う。働く人がやりがいを感じる。
そして、町に誇りが生まれ、地域イメージにつながる。

花をきっかけに、そんな循環をつくりたい。
それが、吉宗さんの描く未来です。

なごみ

これからの世羅町の観光は、どんな形を目指しているんですか?

これまでは、「世羅高原農場が人を呼んでくれるからありがたい」という関係だった部分もあったと思うんです。

吉宗さん

でもこれからは、地域の事業者の方たちと一緒に取り組んでいきたいと思っています。

吉宗さん


世羅町の観光を、特定の施設だけではなく「ともに地域をつくる存在」として。
その動きは、すでに少しずつ始まっています。

近年では、町内の事業者と連携した企画や宿泊施設との共同プロジェクトなども生まれています。
2026年には、ホテルとの共同企画も始まり、日帰り観光だけでなく滞在型観光の取り組みも進められています。
花を見て帰る観光から、町に滞在し、地域の魅力をゆっくり体験する観光へ。
世羅町の花観光は、今、新しい段階へ進もうとしています。

そしてもうひとつ、吉宗さんが大切にしているものがあります。
それは、訪れた人が持ち帰る"感情"です。

なごみ

世羅町に初めて来る人には、どんな気持ちを持ち帰ってほしいですか?

やっぱり、予想を超えるような感動を味わってほしいですね。

吉宗さん


実際に世羅高原農場では、花畑を特別な思い出の場所として訪れる人も増えているといいます。

プロポーズとか、サプライズでブーケを渡される方も結構多いんですよ。
花畑の中だと、花束も渡しやすいのかもしれませんね。

吉宗さん


結婚式の前撮りや、プロポーズ、サプライズの花束など。
人生の大切な瞬間を、この場所で迎える人も少なくありません。
広い空の下、花に囲まれた景色の中で生まれる特別な時間。

世羅高原農場がつくろうとしているのは、
ただ美しい花畑ではなく、人の記憶に残る場所なのかもしれません。

花はみんなをしあわせにする、という想いでやっているので、
地域も含めて、そういう場所になっていったら嬉しいですね。

吉宗さん


そして最後に、吉宗さんはこう語ります。

自分たちでつくって、自分たちでおもてなしをする。
その中で、世羅高原らしさや、作り手の想いが伝わるような花畑を、これからもつくっていきたいです。

吉宗さん


目の前に広がる一面の花。
その美しさの奥には、土地の気候、働く人の想い、そして地域の未来が重なっています。

まとめ

世羅町を訪れれば、ただ花を楽しむだけでなく、
この土地が育んできた物語と、これから紡がれていく未来に触れられるはずです。
世羅町の自然、農業、人のつながり。
それらを生かしながら、花を地域の産業として育てていく。
その挑戦は、まだ続いています。

花は、ただ咲くだけではありません。人を呼び、町を動かし、地域を変える力を持っています。

世羅高原農場の花畑は、今日も高原の風の中で揺れています。
そこには、花で町をつくるという挑戦が、静かに根を張り続けています。
 

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